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新世代フォークソングの先駆者「吉田拓郎」 [音楽]

今日はNHK-FMで、13時から23時まで「吉田拓郎ざんまい」と言う番組が流されていた。

夕方から、車のラジオで聴いてから、自宅の部屋で、懐かしい曲をずっと聴いた。

拓郎の音楽との出会いは、私が中学生の頃に遡ることになる。

当時、ギターを弾くことがかっこいいような雰囲気があり、女性たちから注目されるような気配があった。ギターのスタートは「禁じられた遊び」の旋律だけの音鳴らしだが、少し弾けるようになると、コードを覚えて「戦争を知らない子供たち」を弾くことがパターンだった。

そのパターンを通り抜けると、拓郎の世界があった。と言っても当時は楽譜などあまりなく、レコードを聴いてコピーするか、月刊「明星」の付録の歌本を見るくらいだった。

「結婚しようよ」「旅の宿」「夏休み」・・・・・良く歌ったものだ。当時の拓郎のLPレコードは、全て買い続けた。

高校一年生の時、拓郎のコンサートに行けることがあった。友人2人で県立文化会館に行った。

友人曰く「コンサートには前座バンドがあって、そのバンドが数曲演奏してから、本物が出てくるんだ。」・・・・確かに、あのビートルズが日本公演の時に、前座バンドで演奏したのが、ドリフターズだと言うことは有名な話しだ。

拓郎のコンサートの幕が開き、演奏が始まった。曲は「親切」だった。拓郎の曲だ!その後、数曲演奏、30分くらいは歌っていただろう。いずれも拓郎の曲だ。前座バンドはいつまでやるのか、結構頑張っている。その後30分、幕が閉じた。会場が明るくなった・・・・前半終了のアナウンスが入る。

・・・・・本物だった!!!!・・・・前座なしのコンサートだった。

レコードジャケットの写真は見たが、拓郎実物を見たことがなかった。歌っていたのが本物とは・・・。


コンサート終了後、電車に乗って帰宅するのであるが、何とかギリギリ急行列車に飛び乗ることが出来た。グリーン車の扉から乗ってしまった。自由席に戻るのに、グリーン車内の通路を通ると、客席に拓郎がいた。

シートを倒し仮眠していた。

非常識ながらも、拓郎の肩をトントンと叩いた・・・拓郎は目を開けた。

握手を求めると、拓郎は背筋を伸ばし握手をしてくれた。「気をつけて帰ってね・・・」と言ってくれた。

感動!!!いい人だ!

翌日、誰にも握手した手を触らせなかった。

 

その憧れの拓郎も、今年62歳だ。今年でツアーを終了するという。

拓郎の歌から、恋愛を知り、別れを知り、生きるすべを知った。

そして今でも、スナックのカラオケでは「落陽」を歌うと同年代の仲間は大合唱する。

元気で、いつまでも現役でいてほしいものだ。 

 

 


タグ:吉田拓郎
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ken_jp

同感です
ken_jpも拓郎は青春そのもの。
今でも通勤時ipodで聞いています。
by ken_jp (2009-05-06 08:32) 

masayuk

To ken_jpさん
拓郎を聞くと、気持ちが明るくなります。
元気づけられた歌は、いつ聴いてもいいものですね。
by masayuk (2009-05-06 18:33) 

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